厚岸町と別海町とを結ぶr123別海厚岸線は、沿線の市街地を結ぶライフラインであるとともに海と台地の織りなす絶景が点在する魅力ある道である。沿岸部はr142根室浜中釧路線と重複しているので、r142のレポートも兼ねてご紹介しよう。

Index

 北海道道123号別海厚岸線 第1部 [厚岸町宮園(終点/R44交点)→厚岸町筑紫恋(r955交点)]

 北海道道123号別海厚岸線 第2部 [厚岸町筑紫恋(r955交点)→浜中町道有林(涙岬展望台)]
 ほぼ無人の太平洋岸を走り進め、浜中町内へ入る。
 涙岬は駐車場から延々と草原を歩いた先にある切り立った岬。

 北海道道123号別海厚岸線 第3部 [浜中町道有林(涙岬展望台)→ 浜中町琵琶瀬(r808交点)]

 北海道道123号別海厚岸線 第4部 [浜中町琵琶瀬(r808交点)→浜中町榊町(r142交点)]

 北海道道123号別海厚岸線 第5部 [浜中町榊町(r142交点)→浜中町浜中(R44交点)]

 北海道道123号別海厚岸線 第6部 [浜中町浜中(R44交点)→別海町上風連(r813交点)]

 北海道道123号別海厚岸線 第7部 [別海町上風連(r813交点)→別海町別海(R243交点/終点)]


Report 2/7

道道955号交点

 床潭地区へはこちらから。

Prev:
北海道道123号別海厚岸線 第1部
(厚岸町宮園→厚岸町筑紫恋)

 r955交点から先は無人地帯を突っ走る。

 第2部の走行区間では沿線には民家が1軒もなかったように覚えている。

 69KP。1km1枚を目安に紹介しましょう…。

 走行中に、くしろバスの路線バスとすれ違った。

 くしろバスは車体正面に系統番号の書かれたが書かれているのが特徴。写真に映っている26系統は霧多布(霧多布温泉)から釧路(くしろバス本社)を結ぶ非常に走行距離の長い路線であるが、撮影から2年後の2020年に廃止された。

 68KP。

 26系統の廃止後は、子野日公園を境に霧多布へは浜中町営バスが、釧路方面へはくしろバス25系統が運行している。浜中町営バスは1日3往復で、上りの朝便と下りの午後便のみが25系統と接続する。なお、浜中町営バスに移行後は土日祝運休となったので注意したい。

 森林の中をひたすら走る。

 67KP。

 あやめヶ原 直進3km

 ここを右折すると末広集落へ行き着く。

 末広は海岸沿いに民家が建ち並ぶ小さな漁村集落で、海岸沿いの道を通じて床潭と繋がっている。

 末広への入口。道は舗装路だが、集落までは無人の森林を通る。

 r123を走り進めると、もう1本末広地区へ向かう道が分岐する。

 路肩の標識を見て分かるように、末広はマビロと読む。普通なら「スエヒロ」と読むのだが…。語源はアイヌ語の「マウ・ピリ・オロ(風の蔭のところ)」であるとされる。明治時代はマウピロロあるいはマビロロなどと表記されたようである。

 末広への分岐を過ぎると遂に集落も途絶える。動物と霧が多発するので気をつけよう。

 66KP。

 65KP。

 300m先にあやめヶ原入口。

あやめヶ原

 ここで右側に小さな駐車場と休憩小屋。駐車場の脇には更に海の方へ向かう車道があり、数百メートル走るとあやめヶ原サービスセンターという夏季限定の観光案内所のある駐車場まで行き着く。

 駐車場の近くにはあやめヶ原原生花園が広がり、更に遊歩道を歩くとチンベノ鼻という岬へ行き着く。往復1.5kmぐらいのお散歩道には広大な景色が広がる。

 撮影当時はあやめヶ原をスルーした。6月の道東、日は長いが夜は早い。

 63KP。

 何も無い原生林の中をひたすら突き抜ける。

 62KP。

 61KP。

 霧多布 33km
 火散布 9km

 榊町までのr123もまた北太平洋シーサイドラインに該当する区間。今はまだ海が見えないけれど、そのうち見えます。

 今更になって鹿の飛び出しの注意を促す標識。

 60KP。

 59KPを撮りそこねて58KP。右側の景色が開けてきた。

 先行車に追いついた・・・!

 ここで遂に右側に太平洋を直接望むようになる。笹の茂る原野と、道路と、海。これしかないシンプルな視界を楽しもう。

 たまにゆるくカーブしながら浜中町へ向かう。

 特に何があるというわけではないが、ここで浜中町に入る。

 カントリーサインには霧多布湿原とエゾカンゾウが描かれているが、写真に映ったカントリーサインは褪色しており本来は黄色のエゾカンゾウの花は白色になっている。

 56KP。

涙岬・立岩入口

 浜中町に入ってすぐに、涙岬・立岩へ向かう遊歩道と駐車場がある。第2部での走行はここまで。

Next:
北海道道123号別海厚岸線 第3部
(浜中町内/涙岬→浜中町霧多布)

 駐車場にはルパン三世とその一味があしらわれた看板が立つ。浜中町は原作者のモンキー・パンチ氏の生まれ故郷である。

 涙岬・立岩にはそれぞれ展望できる場所があり、駐車場からはこのような柵のないトレイルを辿っていく。もう入口から冒険心をくすぐる光景なのだが。

 左側にある赤い看板は「盗難防止重点地域」と書かれているものだが、ここは浜中町、ルパン一味が壊したのだろう…と思いたい。

 海に向かってまっすぐ歩く。

 ここで古びた木の看板が建つ分岐。涙岬はまっすぐで、こちらの方が踏み跡がはっきりしている。

 木製の看板には距離も書かれている。涙岬は290m、立岩には450m。涙岬に行こうかな。

 立岩に向かう歩道は砂利が敷かれておらず、このように獣道一歩手前の状態。駐車場には他の車はいたけれど…人影は見当たらない。やっぱり涙岬に行こう。

 海岸へ突き出す岬のようなものが見えてくる。

 このあたりの海岸は釧路町や厚岸町の海岸と同様、根釧台地が海に直接飛び込む崖となっている。道迷い時の危険防止のためか、柵も一応設けられている。

 岬に向かう遊歩道は部分的に木道になっている。きれいに整備されていてありがたい。

 木道と砂利道を辿り、涙岬展望台へ着く。先客がいたようで一安心。

涙岬

 涙岬は、展望台のある岬ではなくその1つ西隣にあるこの断崖のことである。

 以下、ルパンの看板に書かれていた「伝説」をご紹介しよう。

 涙岬、立岩を訪れると、この地の古老の話が思い出されるのである。昔、鰊漁が華やかなりし頃、厚岸の若者と霧多布の網元の娘が恋に落ちた物語である。ある嵐の日、厚岸から船で霧多布へ向かう時。ここまできて座礁し、若者は海の底へ消えてしまった。それを知った娘は、この断崖に立って泣きながら、声を限りに若者の名を呼び続けていたと云う。

 展望台から涙岬とは反対側を向く。この日は本当に天気が良く、水平線こそはっきりはしないが海は青く穏やかであった。

 下記の通り、涙岬は涙を流す乙女の横顔のように見えるとも言われる。

 今でも、この岬を訪れると、断崖に悲しい娘の顔を見ることができる。

立岩

 立岩展望台まで行かずとも、涙岬と反対側の海に浮かぶ立岩を眺めることができる。もちろん、立岩展望台まで歩いていったほうがその岩をより身近に感じられよう。

 又、立岩を訪れると、愛する娘の悲しい叫びに向かって一歩一歩、岸に辿り着こうとする若者の姿を思わせるものがある。嵐の夜には、娘の悲しい咽び泣きと、若者の恋こがれて叫ぶ声が風と共に聞こえてくると云う。

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最終更新:2024年6月16日